平和の反対は、無秩序な命のやり取り。
            戦争の反対は、絶対的支配下の沈黙。

Double Helix

第二話 - 400mを落下する話 -


見上げれば、これでもかといわんばかりの快晴。風もなく、鳥が飛び、小川のせせらぎは400mを超す高さまで届く、穏やかな昼下がり。このまま昼寝でもしてまったりと過ごしたい、しかしそんなわけにはいかない今日の午後。なぜか。答えは簡単、寝たら死ぬから。
いや、この体で死ぬことは無いのだけれど、それでも400mの高さは高所恐怖症である私にとってテロリストと立ち回るよりも恐ろしい。

私は今、巨大な城砦の屋上の欄干の上に立ち、精神修練を行って、いや行わされているのだ。私の能力の源である彼女の力は、強大であるが故に使いこなすのに集中力を必要とする。私は実践主義なのでいきなり力を行使してもいいといったのだが、暴走して半径100km(絶対サバよんでる)を後塵に帰されては困るというので、彼女の言うとおり精神的な方面から入ることになったのだ。すなわち、欄干の上に立って2時間の瞑想。あーあ、ますたーは今頃昼寝中だろうな・・・。

どんっ


・・・お、遠くに見えるあれはさては鷹狩りをしているのか。うーん、のどかだ。不意にマスターに突き落とされたこと以外はきわめて平和だ。にしても、さっき世界が反転したように思うのは気のせいか?。

ってええええ!?まじっすか?いくら契約によって死なない体になったからって、それはあんまりですヨゥ!
落ち着け、冷静に状況を分析しろ。まず、私は400mの高さから落ちている。それから、えーっと、えっと、

「じゃあまず空中浮遊でもしてみよう♪」
風の中で不思議とはっきり聞こえるマスターの声。いきなり実践は不安だ、っていってたような気が・・・

「大丈夫、だいじょーぶ、望めば、得られる。そうでしょ?」
そうだ、私の得た力は『望むがままを得る』だ。

ならば、望もう。
『風に乗り、空を裂き、世界を見渡し、高きを欲して。今、飛ばん。』

刹那。
世界が、表情を変えた。躰全体から新たな感覚が目覚め、世界を正しく知覚し始める。氷の上のダンサーのように、水の中の鮫のように、風は私を滑るように導いてくれる。双曲線を描いて私の躰は落下から上昇に転じ、優雅な軌跡でマスターの眼前で静止した。

「さすがだね。」
そう一言、問いに対して的確な答えを返した生徒を褒めるようににっこりと笑うマスターを見て、私は眩しそうに目を細めた。


その夜。明かりをつけてみると意外と女の子らしい内装に統一されたマスターの部屋で、私はマスターにこれまでのこと、これからのことを聞いていた。

彼女がテレビをつけて(無駄に俗っぽいのだが・・・)瀬戸内放送のニュースを見せてくれた。それによると、7人の籠城犯が学校に立てこもった事件は、死者1名、意識不明の重傷者1名、そして犯人グループ7人全員の死亡という形で決着を迎えたらしい。
しかし、死んだのは志帆で、私は意識不明の重体と報じられていた。これは一体?

「ああ、ボクは元々あっちの住人じゃないから、戸籍抹消。で、君は遺された家族のことを考えて、体の蘇生はしておいたんだよ。」
いいんですか?そんなことして。

「いいんだよ。また後で説明するからさ。それと、意識不明の体の方はあとで見舞いに行くから。」
見舞い、ですか?自分を?まあマスターにも考えがあるのだろう。それより、これからのことをきいとかなきゃ。


いまいちまとまっていなかったマスターの話を総合すると、そうやらこの表の世界は戦争中らしい。
それも、一年戦争なんて優しい物ではなくて、有史以来ずっとだそうだ。この世界を作った神々とそれに刃向かう反逆者魔族の戦い。主人と契約した使い魔は、例外なくその戦いに参加する。私は特に、神々の頂点に立つ王家の、第一位王位後継者であるマスターの使いとしてその強大な力をふるうことを期待されているらしい。まあ今まで『望むがままを得る』力を望んだ物などいなかったこともあり、その戦いぶりには大きな関心が集まっている、とのことだった。

現在は神々の力が勝り、魔族の領土内の拠点攻略が主体になっているという。そろそろ魔族の領土も無くなり、裏の世界(私たちがいた世界)の支配権も神々に渡るだろう。そして、表にも裏にも戦争のない平和な世界が実現するらしい。

なんだか微妙に怪しい話になってきた。平和な世界、という単語が妙に白々しく感じる。

「ボクもそれは同感だよ。でも、この世界も決して綺麗事でできている訳じゃない。労働の最下層にいる人々の生活はひどいし、拠点攻略が成功すればその辺の魔族を全員虐殺する将軍もいる。ボクはそんなのは絶対に許せないけど、虐殺を止める権限はボクにはない。ボクにできるのは、この戦争を終わらせること。そうすれば人々の生活もよくすることができるし、人も死なない。だから・・・」

うつむいて、唇を噛みながら一言ごとに語尾が強くなっていく。私は、何も言わずにマスターを後ろから抱きしめた。耳元でささやくように、力強く私は言った。

終わらせます。これは、誓いです。私とマスターで、必ずこの戦争を終わらせましょう。

「君はそれでいいの?いやじゃない?怖くない?」
私はマスターの使い魔ですよ?命令してください。『私の剣のなって戦え』と。ならば私は戦います。私のただ一人だけのマスター、相模志帆のために。

「うん・・・」
だから、顔を上げてください。私を見つめてください。

「うん。」
今、私たちができることからやっていきましょう。とりあえず、私の見舞いにでもいきますか。

「うん!」


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